日々是好日記

ミクロネシア連邦のポンペイでの暮らし

Missing those days

日本に帰ってきてから、4ヶ月が経った。佐賀での暮らしも慣れて、会いたい人達に会えて、行きたいところへ行ってみて、楽しい時間を過ごせてる。同時にミクロネシアで暮らしていたことが夢だったのかとも頭に浮かぶ。そして、やっぱり寂しくも感じてる。寂しいっていうのか恋しいというのか。I miss you がぴったりな言葉すぎる。

日本での4ヶ月間で、子ども達はそれぞれ小学校と幼稚園で1学期を過ごさせてもらって、それはそれは学びが多く先生達や周りのお友達に感謝の日々でした。日本の学校ってすごいね。一つ一つの行動が、教育的意義と配慮がされていて、先生方のプロフェッショナルさに敬意しかなかった。本当に仕事量がとても多そう。目に見える形で伝わるまでには、たくさんの準備や時間が注がれているだろうし、その背景には情熱や優しさ、慣習から生まれる終わらない教育への探求があるんだと思う。先生達、休んでくださいねって何回も伝えてしまった。

4ヶ月が経ち、いよいよ次の国のラオスに行く時が迫ってきた。荷物を解いたかと思えば、また荷造りをしなければいけなくなった。

息子はクラスでお別れ会をしてもらっていて、私も参観させてもらった。クラスの子達が考えたお別れ会で、ゲームや歌やお手紙のプレゼントなどを準備してくれていた。びっくり驚いたのが、クラスの子ども達がオンオン泣いていたこと。こんなに親しく思ってもらえて本当にありがたかった。息子も泣きながら、お別れのお手紙を読んでた。下校で校門のところで別れるときには、ワーンと声をあげて泣いていた。素敵な時間を過ごせたんだなと想像したと同時に、こうして別れを繰り返させる人生を歩ませて申し訳なくも感じた。

娘は幼稚園でたくさんのお友達から親しんでもらっていて、先生方からも熱いハグをしてお別れしてもらった。本当に素敵な幼稚園でのびのびと、そして学ばせてもらえたことばかりだった。

子ども達がお別れのプレゼントをお友達に送りたいといったので、プルメリアのチャームを作って渡した。プルメリアはラオスもミクロネシアも国花にしているもの。なんだか繋がっていて嬉しいなと思って。

時間はとっても早くて、日本であれしよう、これしよう、と思っていたことがどんどん出来ないまま過ぎていってしまったこともある。でも、家族と久しぶりにこんなに長く過ごすことができて、本当に幸せだった。親や家族との時間を過ごせる幸せをいただいたな。

滝行しようと思ってたのだけど5000円の支払いと聞いて雑念が出てきてしまい、今回はやめてしまった。5000円がチラつかない滝行ができるように私の内面が成長してから、またチャレンジしてみよう…!

***

楽しい4ヶ月でした。でも、それはこれまでの出会いや支えてくれているもの全てのおかげで成り立ってるなと思う。では、これまでの出会いに感謝して、いってきます!

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増えていく大切

ついに、3月末、ミクロネシア連邦から日本に本帰国してきた。ポンペイで過ごしたラスト1週間は、たくさんの人達との最後を過ごすことができて嬉しかったと同時に、"また明日" と言い合ってた日々が終わっていくのを寂しくも感じた日々だった。

引越し準備がなかなか進まないのに少し焦ってみたりもしたけど、ポンペイの "なんとかなる" 精神を習得したおかげで、結局はなんとか荷造りも掃除も終わっていった。荷物はパンッパンな7個。今度こそ、絶対にモノを持ちすぎないと決めた。どんどん空っぽになっていく家を見るのはチクンとなるね。

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最後の朝ヨガも晴天に恵まれて、無事に実施できた。たくさんの人達に参加してもらって、ここでヨガを伝える経験をさせてもらえたことに感謝しかなかった。よく、ヨガに参加してくれる方々に日本でヨガ講師されてたんですか?or 資格持ってるんですか?って聞かれることがあって、最初の頃は無資格な自分であることを気まずく感じていたのが本音(質問に悪意を感じたとかいうことは全くなくて、私の問題!)。でも途中から、私の経験を出し惜しみせずに伝えようと思えたことで、今の自分にOKを出せてありのままで過ごせた気がしてる。ありがたい経験でした。ヨガ後の小話タイムで何を話そうか考えることも好きだったな。

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子ども達2人がお世話になった幼稚園にも最後に挨拶に行ってきた。終業後にもかかわらず、先生達が待っていてくれて、2人ともきちんとお別れできた。そうすけの担任を2年間してくれていた先生が、そうすけのお気に入りだった手遊び(日本の歌が起源っぽい)を最後にしようと言ってくれて、歌いながら涙ぐむ先生の様子に私も泣けた。本当に本当にお世話になりました。

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日本人のお友達とも、最後のお食事やお茶会やウクレレタイムを過ごせた。 麻雀も参加させてもらえて最後に上がらることができてお見送り麻雀していただけたよ。たくさん一緒に遊んで時間を共有できて、日本にいたら出会うことがなかった人達とのご縁ができて、支え合えているような関係があったから私は頑張れたんだと思う。この日常がいつまでも続けばいいのにって心から思った。でも、きっとこれからも繋がっていける気がするる。インターネットばんざい!

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そして、3月に入ったら危ないと思う食べ物は食べないように気をつけよう、と夫に言われていたけど、コソッとサカウを飲んできたよ。せっかくなら、最後に飲んでおきたいし。私のお腹は都合良くあたらないようにできてる、と信じてる。ドキドキ赤痢チャレンジ!

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ポンペイ出発日には、空港にてお世話になった方々が来てくださってお見送りをいただいた。ミクロネシアで楽しく幸せに、そして辛いことも乗り越えられたのは、間違いなく皆さんのおかげだと思ってる。私の周りは、いつもあたたかくて優しさで溢れていて、そういう世界の一部に自分もなりたいと思えたこと、そして人にも環境にも恵まれたことを心から感謝してる。最後の最後まで本当に胸がいっぱいになる時間をミクロネシアで過ごすことができて、幸せだった。みんな、楽しかったね‼︎

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さらに出国間際、イミグレも保安検査場も通過してゲートで搭乗を待っていたら、空港職員の方に声をかけられた。お見送りの人がロビーに来ているから、もう一度、出発ロビーへ戻ってくれない?という依頼。行ってみると幼稚園の校長先生が来てくれていた。子ども達と最後のハグタイムができて笑顔でお別れができた。なにより、行き来が自由なゆるゆるイミグレと保安検査場があるポンペイが最高に大好き。

そして飛び立つ飛行機の中から、ミクロネシアにバイバイとありがとうを伝えながらお別れして帰ってきた。本当にきれいな島。

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到着した日本は、ひんやり肌寒い空気、夜でも明るい空、日本語あふれる街中、やっぱり国が違えば目に見えるものはかなり違うものが多くて、同じ地球上にいるとは何だか思えないものがある。なんと言っていいのか分からないけれど、ついさっきまでミクロネシアにいたんだけど、本当に同じ世界にいて同じ時間が流れてるのかなと疑うような、ミクロネシアでの日々が夢のことだったような、そんな感覚にもなる。

でも、確かに3年8ヶ月の日々は存在していて、私の一部になってる。

ミクロネシアはどうだった?と聞かれて、何を1番に思うかというと、海や自然の綺麗さもあるのだけれど、やっぱり1番は、出会えた大切な人達の顔が思い浮かぶ。そして思い出される人たちの顔は、やっぱり笑顔で、それが私がミクロネシアで過ごせて得た1番の財産なんだと思う。皆さんのおかげで、事実的に客観的に、私は素敵な3年8ヶ月の時間をミクロネシアで過ごせたと確信してる。

大切な人達と出会えたミクロネシアが大切な場所になりました。心より、ありがとうございました。

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始まった日本の暮らしでは、またしても、たくさんの優しさに感動してる日々を送ってる。小学校や幼稚園の先生方、市役所の方々、お店の方々、みんな良い方ばかりで日本の良さをまた感じられた。相手の困っていることや助けになるだろうと思うことを考慮してくれて、率先してヘルプしてくれる。本当に善意で。小学校の先生は、ご自分のお子さんの使っていたランドセルを貸し出そうとご準備をしてくださっていたほど。きっと、私が気づいていないけれど、助けてもらっていることが、まだまだたくさんあると思う。ありがたい。

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そうすけは学校初日で "おにご" という言葉を覚えてきたし、さくは幼稚園から帰ってきて "みんなジャパニーズだった" と感動してた。たくさんの初めてを経験させてもらえてる。学校も幼稚園もお友達や先生が優しくしてくれているようで、子ども達も嬉しそうで、私も安心してる。思いっきり、楽しんでね。

そして、しばらくの日本滞在の後、夏頃にはまた別の国に旅立つことになった。夫の就活、本当にお疲れさまでした。ありがとう。次の国の暮らしも頑張ろう!パニャニャーン!!

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昔、私が神奈川でお世話になった上司の先生が、私が退職するときに "あなたなら、どこに行っても大丈夫" という言葉をくださった。新しい経験を迎えるとき、ワクワクするのも本当だけど、未知への恐怖や失う怖さとも共存しているのも本当で、だけど、やっぱりいただいた言葉通り、私のこれまでの人生はどこに行っても恵まれて、素敵な時間を過ごすことができた。だから、次の新しい場所でも、いい出会いがあるのだろうなと、きっと私は大丈夫だろうなと、心から信じられてる。

経験の1つ1つを自分のエッセンスにして、これからも過ごせますように。Kalahngan! 

 

 

全てのことはメッセージ

ポンペイで過ごす最後の1週間がスタート。色んなことへのお別れに近づいてきています。みんなと過ごす最後の機会が増えてきて、"また明日ね" と言える機会が少なくなってきました。最後のウクレレ、最後の学校、最後のおしゃべり、最後のハグ…!何事も有限だとは思うのだけど、海外に赴任するってことは有限さを特に感じさせられる気がする。

最後、がありすぎる暮らしが寂しすぎたので、初めてのこともしてみた。そうすけのヘアカット@ポンペイの美容室。

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 ここ、ジェルネイルとかマッサージとかアイラッシュもやっているポンペイの最先端美容室。だと思ってる。髪型の選択肢は壁に貼ってあるポスターから選ぶ形式だった。おかげで結構みじかくなったけど、本人的に嬉しそうだったから良かった(私も大いに盛り上げた)。明日は私はペディキュアをしに行く予定。色々とお出かけしたくなっちゃう。家の片付けしてたら悲しくなるから現実逃避してるだけかも。

今日は、お世話になっていたお友達とゆっくりディナーしてきた。素敵な人たちに囲まれて、本当に恵まれてるなぁと改めて思えた時間でした。たくさんの "良さ" を学ばせてもらってる。年齢や経験や立場を超えて付き合える関係でありがたい。これからも、きっと大丈夫。

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幼稚園の先生たちともゆっくり話すことができた。本当にあったかい幼稚園で感謝です。いっっっつも、私達両親のことも、子ども達のことも認めてくれるの。こうした方がいいとか、こういうことに家で注意してとか、言われたことない。子ども達はこうやって学ぶから大丈夫よ、とか、あなた達は子どもへの理解が深い素晴らしい両親だとか、全てを肯定して受け止めて寄り添ってくれることばかり言ってくれる。泣ける。

最初の頃は幼稚園で泣いたり、不信感を表していたりしたそうすけの様子から、私の方が不安や迷いに耐えきれなくなりそうなことも何度もあった。私1人では頑張れないことも、本当に支えてもらって、乗り越え方を教えてもらえた気がする。私のことまで育ててもらって大感謝です。全世界の皆さんにおすすめしたい幼稚園がここにあります!!

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私がカラチバナナを日本に持って帰りたいと言っているので、色んな方がご協力してくれてる…。お世話になった日本人の方や、マーケットの方、みんななんでこんなに優しいんだろう。このことだけではないけど、日常に優しさが溢れすぎてる。こんな風に優しさに包まれたなら、尊さが増して自分も誰かに優しくありたくなる。やっぱり人を変えるのは、恐怖や不安よりもあったかい気持ちだと思う。今日も綺麗な夜だと思える時間が持てて幸せでした。

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Pohnpei Spirit

前回の手術騒動から数日経ち、その後の体調はとても良く、快適に過ごしてます。何も痛みなく歩けるって幸せ!ちなみに治療費総額は、$30という大破格。内訳は、入院費が2日分の2×$10、残りの$10は薬代。手術代はかかってないという不思議!!!ポンペイの医療福祉すごい。これでも、未払いの人達は結構多いらしい。美容医療も初めてくれたら通い詰めたい病院です。

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少し前の話。私が寝たきりの状態だった時、そうすけの学校ではSpirit Week という週間イベントが開催されてた。毎日テーマが決められていて、そのテーマに沿った服を着ていくとポイントがゲットできるというもの。学校全体が2チームに分かれて、ポイントはそのチームの得点として加算されていくというシステム。

Spirit Week初日の月曜日は、compound word dayということで、生徒がペアとなり hot dogのようなcompound word を表す仮装をしてくるという日。これって親同士のコミュニケーションが大切になると思うのだけど…私、ママ友とか学校におらず、ペア作りとか諦めてた(イベントに参加せず制服登校もOK)。こういう学校のイベントって親も頑張るところなんだけど、、、頑張れなさにsorryと思ってた。すると前日の夜に、クラスメイトのお母さんが、そうすけの分の衣装も作ってくれてるから明日は3人でグループになろうって声をかけてくれた。優しい!!!!!大いに甘えて、そうすけは無事にice teaグループになれました。

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次の日の火曜日はtwins day。この日は友達同士でお揃いコーデ的なものを用意することになってた。でも私が体調悪いのもあって、結局どなたの保護者にも声をかけずに用意しなくて制服で登校させたら、またもや、前日とは違うパパがそうすけの衣装を用意してくれていて、三つ子ちゃんにしてくれた!本当に優しすぎる!!!

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さらに水曜日は、carrier dayということで、職業に関する服を着てくる日だった。さすがに用意せねばと思い、寝たきりの状態でハサミで厚紙をチョキチョキしたり、テープを貼ったりと、即席ながら作ってみたのは、パイロット衣装。服は白シャツやネクタイはあったので、そこにテープや折り紙を貼って加工。帽子もなんとなくでの工作。当日はそうすけがめっちゃ喜んでくれて(お友達が帽子を被りたいって言ってくれたのが嬉しかったみたい)、私もホッとできた。

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木曜日、金曜日は単純に決められた色のTシャツを着てくる日だったので、準備は夫に託して無事に登校させた(私は木曜日から入院)。学校のイベントは大成功したらしく、そこにジョインする機会があって、私たちもとても嬉しかった。

本当に、良い方ばかりに恵まれていて、ポンペイライフに感謝しかない。きっと1人だろうと想像してくれて声をかけてくれたそうすけのお友達の保護者の方々がいたり、術後の傷口に良いお薬をくれたり、お見舞いにきてくれようと夫に声をかけてくれた現地の人達。なかなか協力隊の時のようにはローカルの方と関わる機会が少ないのだけど、皆さんと出会えて良かったな。

私は、親切のつもりでも逆に迷惑かなとか考えすぎて行動しないこともあるけど、これからは上手に行動できるようになっていきたい。私の周りにいる人たちって親切上手というか、さらっと、難しく考えすぎずに見返りとかの考えではなく、普通のことのようにただ与えてくれてる。優しい気持ちに触れると、本当にありがたくてプラスな気持ちしか出てこないし、なんて平和なんだろうって思う。

まだまだこのままポンペイでの生活が続く気がしてる。残り1ヶ月きっちゃった。寂しいな。

Big family

帰国前の最後に遊び尽くそう!と思っていたところ、またやっちゃった。入院。

言いにくい話なのだけど、1週間前ほどの水曜日、プライベートエリアに少し痛みのあるシコリを発見した。これ、知ってる?私は一度日本でもなったことあるのだけど、バルトリン腺膿瘍だ!(以下バル)って気づいて、次の日に婦人科のある私立病院へ行き抗生物質や痛み止めをもらって飲み始めたんだけど、何にも解決してくれず、どんどん腫れ上がって日曜日には痛みで寝たきりの状態になった。

このバルって、本当に激痛です。翌日の月曜日にその激痛の中、病院に再度いってドレインしてもらおうと思ったら、スタッフ不足で今はできないと。日本だと、ちょちょいと切開したら終わったのに!!!自壊するのを待つか入院(別になんも処置ないけど)と言われて、家に帰ってきた。

自壊には座浴がいいと言われ、シャワールームでひたすらタライの中に入り(うち、バスタブない)、痛くて痛くて泣きそうだった。ローカルの人は自壊を促すために薬草とか使うんだって。その葉っぱ欲しかったなぁ。寝てると楽なんだけど、立ったり座ったりすると、包丁で刺されてグリグリされてるイメージの痛さ。頭の中で、大好きなある歌を流して耐えしのんでた。Keri NobleのHow far you've come。

This is just another test
She'd been through much harder ones before
And she'd passed
She knew she could get through one more
And now she knows
No matter just how much this takes
She won't break

この歌を思い出して、うんうん、陣痛よりはまだマシだと、私なら出来ると希望を持ってた。いい歌だから聴いてみて欲しい。そういうつもりの歌じゃないだろうけど。

そして、いつ自壊できるのかをチャッピーにやたらと相談した。チャッピー、いつまで経っても病院で切開してもらえって最後には言ってきて、ポンペイの事情が飲み込めてないみたいだった。

そして激痛に耐えること木曜日、もう限界すぎて切開してもらおうと再度病院へ。歩くのが激痛すぎて、私がりくで、夫がりゅうならリフトができるのになぁってペアススケート未経験の後悔もきた。病院に到着して、さすがにスタッフもういるはずでしょ、切っておくんなんし!!って気合い十分で診察してもらったら、まだスタッフいないから出来ない、と。絶望感満載ということで、病院を変え、州立病院へ行ってきた。

ドクターに患部を見せると、腫れ上がりすぎて驚いてた。こんなになるまで何で来なかったの!って。ドクターには、入院して抗生物質投与して小さくしていこうと言われたのだけど、切開してほしいですとお願いしたところ、そこから専門医を呼んでくれた。他にも何人か分からん私服のアジア人や欧米人みたいな人もきて(ほんと誰)、4人くらいから患部をみられて診断された。結果、専門医から、入院して開窓術という手術しますと言われた。

知ってる。日本に帰国したらバルの再発防止になるからやりたかった手術。めっちゃ簡単な手術で日帰りの局部麻酔で出来ると調べてた。でも、ここでは全身麻酔して明日まで入院ですと言われた。不安MAX。でも10分くらいだよ、大丈夫よと言われ、手術することにした。

私もだけど、夫も全身麻酔ということでドキドキしてて、鼻歌うたってるのはナースくらいだった。オペ室に入り天井を見上げると、よくドラマでみるような手術用ライトが、天井からほぼ外れてぶら下がってた。煽られる不安。そのうち、麻酔科医が麻酔しますねーsee you later って注射して、起きたらオペ終了してた。なんだかんだで、目覚めるのに1時間以上かかってた。

薬の量が外国人サイズで、多分投与しすぎなんだと思う。目覚めても呂律が回らないし吐き気がひどかった。それをナースに伝えると、吐き気止めと痛み止めを大量に注射され、また強制爆睡。そして目覚めたら信じられないほどスッキリして、本当に今ならスキップできそうな感じ(今ここ)。

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今回のバルにあたり、入院や通院では、本当に皆さんにお世話になりました。動けない私のために食事の差し入れを夫の職場まで届けてくれたり、子ども達を預かってくれた上に夜ご飯まで準備していただいたり、子ども達のことや家のことを手伝ってくれようと連絡してくれてメンタルサポートしてくれる人がいたり…本当に皆さんがビッグファミリーのような存在で、大変助けていただきました。この恩を返すことできるように、私もそんな存在になりたいです。

ポンペイで暮らすのおすすめですよ。こんなハートウォーミングな出会いに恵まれます。豊かな心に触れられて、私は幸せです。

親だから難しくなる

来月に本帰国です。ポンペイの片付けは多分大丈夫なのだけど、帰国後の暮らしについての準備に手こずってる。

帰国後はしばらく佐賀に住もうかなと思ってます。約20年振りのSAGA暮らし。いつまで住むかは未定(夫のお仕事次第)。しかし現海外住みにとって、リモートでの家探し&契約はちょっとハードル高い。日本に住民票もない状態での賃貸契約って難しいんだね。オンラインで契約できますって書いてても結局は紙ベースのところがあったりする。もういっそマンスリーマンションにしようかと思って、良いなと思う物件を見つけたんだけど、なんだか変な感じがして物件近くに住んでる親戚に聞いてみたら、事故物件でしたぁぁ。そういう感じでまた探し直したりする日々だけど、ちょっとずつ進んでるからいつか終わる!もしかしたら帰国時は住所不定無職かもしれないけど、私たち、怪しくないです。

今のうちに家を確定させたいのは、そうすけの小学校があるから。3月末に帰国するから、新学期まで1週間ほどで色々と準備しないといけない。小学校、いるもの多そう。ランドセルや体操服や上履きがあれば何とかなるのかな。とりあえずランドセルを準備しようと思って、そうすけにどんな色がいいか聞いたら、赤!と即答。

ランドセルの色ってどう選ぶんだろう。今って選べるんだよね?ただ、佐賀のような地方は男女によるイメージカラーがまだ根強いのではと想像してる。彼は、赤はヒーローみたいだし、ランドセルのキャラクター(チャレンジのコラショ)も赤いしって理由で赤と答えたらしい。そう、彼はランドセルを背負ってる小学生を見たこともなく、純粋に自分が持ってみたいバックパックの色で選んでる。

ここで、親として子どもの未来不安センサーが働いてしまったぁぁ。本当に、赤いランドセルでいいのかなと。彼が学校に登校し始めて、男の子で赤いランドセルを持ってるのが自分だけなのを恥ずかしいとか嫌だとか思うのではないか、皆んなと同じがよかったとか思うのではないかとか。

そこで、ランドセルを背負ってる小学生たちの画像を見せて、色んな色のランドセルがあるよって見せてみた。そして、赤を持ってる子は女の子が多いかもしれないこと、でも何色を持っていってもいいこと、選べることを伝えた。結果、彼はどの色にしよっかなぁって迷ってる現在。

私は自由な発想が好きで、男女で色が決まってる時代にしたくないと思ってたのに、結局は、私も周りを気にするような情報をさりげなく与えてる自分にもモヤモヤ。新しい時代になっていってほしいと思ってるのに、結局は私自身がそれを作るんじゃなくて他の誰か待ちしてるのかなぁとか。

何でも子ども本人に選ばせるといいなと思うけど、それは子どもを信じきることと、親が迷いすぎor思考放棄による結果では大きく違うと思うなぁ。 というか、ランドセルの色選びってこんな重い?!子ども本人より親の方が気にしてるのも何なの!

いざ我が子のことになると、色々と違う。これがその立場になれば分かるってことなのかな。

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帰国直前って、帰国後のことを考えすぎちゃってて、今のポンペイライフが置き去りになってる気がする!この海風も、カセレリエも、目が合えば知らない人同士でもニコッとする挨拶も、ギラギラした太陽も、存分に浸って染み込ませていこう。でも帰国したら、大発生した顔面のシミ達を一気にレーザーで取りまくってもらうんだ。

アナザースカイ

ポンペイ赴任中の最後の長期休暇を過ごしてきた。日本に帰るか迷ったのだけど、日本の寒さから逃げ(冬服もないし)、思い切ってハワイに行ってきた。期間はどどんと3週間。円安と物価高の相乗効果こっわ。でも、こういう機会でもないと、私たち家族はハワイに行くこともないのではないかなぁと思ったし、私たち家族だけでなく、私の両親も旅の途中から合流することもできたので、より幸せ時間になった。

私は長期休暇のときは、軽く計画を立てたい方で、今回も事前リサーチしてお楽しみスポットへ行ってきた。行って良かった私の好きな場所は、ダイヤモンドヘッド、ノースショアのラニアケアビーチ、カイルアのラニカイビーチ。のんびりした田舎や自然が好きなのかもしれない。ダイヤモンドヘッドを登った時の早朝のひんやり空気と、すんとした木々の香りが良かったなぁ。1回目は私たち家族だけで、2回目は両親と一緒に登ることができて嬉しかった。

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他には、この木なんの木のモアナルアガーデンや、ハレイワのポハクラナイにあるバランスロックもミーハー的要素で楽しんできた(OHTANIさんや杉咲花ちゃんも来たって!)。

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ハワイでテンション上がったことの1つは、たくさんのフレッシュお野菜やフルーツを食べられたこと。マンゴーやパパイヤもミクロネシアと全然違って美味しかったぁ。グァバも嬉しかった。バナナはミクロネシアの方が好みかな。もしかしたら、ミクロネシアのバナナは世界一かも…!

THE HAWAII的な料理や日本食やアジア系レストランもたくさんあるハワイだけど、この旅のハワイNo.1食事は決まってる。韓国料理ユッチャンの冷麺。美味しすぎて、2回行った。これまで食べてきた冷麺と全然違う。もうこれ以外の冷麺食べたくないくらい。

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写真みるだけで、食欲が湧き出てくる。調べたら東京にも店舗あるらしい。日本に帰国したらすぐ行きたい。通いたい。

この旅行中はとにかくよく歩いた。普段は車ばかりな暮らしだけど、旅行中は毎日お散歩したり、海を見にいったり、だいたい15000歩近く歩いた。子ども達もよく食べてよく遊んで、家族で濃厚時間を過ごすことができた。ハワイの暮らしで素敵だなと思ったこともあって、例えば犬と一緒にスーパーで買い物できたり、車椅子の方が1人でバスに乗れるようなシステムがあったり、"これいいな" って思える暮らし方をたくさん感じられた。

そしてこの3週間の休暇中、私たち家族自身にも色々な出来事があった。1つ目はシラミagain again(しつこい!)。ハワイ到着して3日目の夜、そうすけの頭にシラミの卵を発見した。次の日に薬局へ行き、シラミの卵にも効くというお薬を見つけて買い、子ども達だけでなく念のため私たち大人にも塗りまくって、我が家から完全ターミネートした。さすがハワイ、ミクロネシアには卵にまで効くような薬なかった!素晴らしい医療体制。

2つ目は、そうすけの歯が抜けたこと。しかも2本。上の前歯2本がグラグラしてるなぁと思ったら、下の真ん中から2番目も揺れてきて、結局は上1、下1が抜けた。よって今は、おうどんが通りやすそうなdental condition。抜けた歯は持ち帰ってきたよ。おめでとう。

最後3つ目は、私が39歳になったこと。誕生日カードを家族や両親からもらえて、まさにハッピーバースデーだった。39かぁ。自分の感覚では大学生だったのは10年くらい前の感じだけど実は20年前のことだし、体感年齢ではまだ32才くらいに感じていて、現実への認知が追いつかない!思ってたより39才はまだまだ成長の伸び代があるみたいで、つまらないことでプンスカ怒ったりせず、思考も言葉も気をつけて行動できるようになりたいなぁ。 Anyway, 30代ラストイヤーを楽しんでいけたらなと思ってる。

3週間の旅を終えてポンペイに戻る飛行機内で、子ども達が "あと何時間でミクロネシア?" と、何回も何回も聞いてきた。あまりに聞くのでどうしたのか聞くと、到着するのがとっても嬉しいと。フライトはアイランドホッパーでマーシャルにも止まるので、途中で空からマーシャル島の全貌をみることができた。めっちゃ細長い国だと聞いてたけど、本当に細長島でびっくり。世界には知らない色んな国があるね。

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無事に帰ってきたポンペイはやっぱり落ち着く場所で、やっぱりホッとした。しばらく家を空けていたことから大量のアリとヤモリが我が家を支配下にしたようで、しばらくは大掃除に追われる日々が続きそう。でも、この暮らしも嫌いではないなぁと思ってる。あと60日のポンペイライフをかみしめよう。