ついに、3月末、ミクロネシア連邦から日本に本帰国してきた。ポンペイで過ごしたラスト1週間は、たくさんの人達との最後を過ごすことができて嬉しかったと同時に、"また明日" と言い合ってた日々が終わっていくのを寂しくも感じた日々だった。
引越し準備がなかなか進まないのに少し焦ってみたりもしたけど、ポンペイの "なんとかなる" 精神を習得したおかげで、結局はなんとか荷造りも掃除も終わっていった。荷物はパンッパンな7個。今度こそ、絶対にモノを持ちすぎないと決めた。どんどん空っぽになっていく家を見るのはチクンとなるね。

最後の朝ヨガも晴天に恵まれて、無事に実施できた。たくさんの人達に参加してもらって、ここでヨガを伝える経験をさせてもらえたことに感謝しかなかった。よく、ヨガに参加してくれる方々に日本でヨガ講師されてたんですか?or 資格持ってるんですか?って聞かれることがあって、最初の頃は無資格な自分であることを気まずく感じていたのが本音(質問に悪意を感じたとかいうことは全くなくて、私の問題!)。でも途中から、私の経験を出し惜しみせずに伝えようと思えたことで、今の自分にOKを出せてありのままで過ごせた気がしてる。ありがたい経験でした。ヨガ後の小話タイムで何を話そうか考えることも好きだったな。

子ども達2人がお世話になった幼稚園にも最後に挨拶に行ってきた。終業後にもかかわらず、先生達が待っていてくれて、2人ともきちんとお別れできた。そうすけの担任を2年間してくれていた先生が、そうすけのお気に入りだった手遊び(日本の歌が起源っぽい)を最後にしようと言ってくれて、歌いながら涙ぐむ先生の様子に私も泣けた。本当に本当にお世話になりました。

日本人のお友達とも、最後のお食事やお茶会やウクレレタイムを過ごせた。 麻雀も参加させてもらえて最後に上がらることができてお見送り麻雀していただけたよ。たくさん一緒に遊んで時間を共有できて、日本にいたら出会うことがなかった人達とのご縁ができて、支え合えているような関係があったから私は頑張れたんだと思う。この日常がいつまでも続けばいいのにって心から思った。でも、きっとこれからも繋がっていける気がするる。インターネットばんざい!


そして、3月に入ったら危ないと思う食べ物は食べないように気をつけよう、と夫に言われていたけど、コソッとサカウを飲んできたよ。せっかくなら、最後に飲んでおきたいし。私のお腹は都合良くあたらないようにできてる、と信じてる。ドキドキ赤痢チャレンジ!

ポンペイ出発日には、空港にてお世話になった方々が来てくださってお見送りをいただいた。ミクロネシアで楽しく幸せに、そして辛いことも乗り越えられたのは、間違いなく皆さんのおかげだと思ってる。私の周りは、いつもあたたかくて優しさで溢れていて、そういう世界の一部に自分もなりたいと思えたこと、そして人にも環境にも恵まれたことを心から感謝してる。最後の最後まで本当に胸がいっぱいになる時間をミクロネシアで過ごすことができて、幸せだった。みんな、楽しかったね‼︎

さらに出国間際、イミグレも保安検査場も通過してゲートで搭乗を待っていたら、空港職員の方に声をかけられた。お見送りの人がロビーに来ているから、もう一度、出発ロビーへ戻ってくれない?という依頼。行ってみると幼稚園の校長先生が来てくれていた。子ども達と最後のハグタイムができて笑顔でお別れができた。なにより、行き来が自由なゆるゆるイミグレと保安検査場があるポンペイが最高に大好き。
そして飛び立つ飛行機の中から、ミクロネシアにバイバイとありがとうを伝えながらお別れして帰ってきた。本当にきれいな島。

到着した日本は、ひんやり肌寒い空気、夜でも明るい空、日本語あふれる街中、やっぱり国が違えば目に見えるものはかなり違うものが多くて、同じ地球上にいるとは何だか思えないものがある。なんと言っていいのか分からないけれど、ついさっきまでミクロネシアにいたんだけど、本当に同じ世界にいて同じ時間が流れてるのかなと疑うような、ミクロネシアでの日々が夢のことだったような、そんな感覚にもなる。
でも、確かに3年8ヶ月の日々は存在していて、私の一部になってる。
ミクロネシアはどうだった?と聞かれて、何を1番に思うかというと、海や自然の綺麗さもあるのだけれど、やっぱり1番は、出会えた大切な人達の顔が思い浮かぶ。そして思い出される人たちの顔は、やっぱり笑顔で、それが私がミクロネシアで過ごせて得た1番の財産なんだと思う。皆さんのおかげで、事実的に客観的に、私は素敵な3年8ヶ月の時間をミクロネシアで過ごせたと確信してる。
大切な人達と出会えたミクロネシアが大切な場所になりました。心より、ありがとうございました。
***
始まった日本の暮らしでは、またしても、たくさんの優しさに感動してる日々を送ってる。小学校や幼稚園の先生方、市役所の方々、お店の方々、みんな良い方ばかりで日本の良さをまた感じられた。相手の困っていることや助けになるだろうと思うことを考慮してくれて、率先してヘルプしてくれる。本当に善意で。小学校の先生は、ご自分のお子さんの使っていたランドセルを貸し出そうとご準備をしてくださっていたほど。きっと、私が気づいていないけれど、助けてもらっていることが、まだまだたくさんあると思う。ありがたい。

そうすけは学校初日で "おにご" という言葉を覚えてきたし、さくは幼稚園から帰ってきて "みんなジャパニーズだった" と感動してた。たくさんの初めてを経験させてもらえてる。学校も幼稚園もお友達や先生が優しくしてくれているようで、子ども達も嬉しそうで、私も安心してる。思いっきり、楽しんでね。
そして、しばらくの日本滞在の後、夏頃にはまた別の国に旅立つことになった。夫の就活、本当にお疲れさまでした。ありがとう。次の国の暮らしも頑張ろう!パニャニャーン!!
***
昔、私が神奈川でお世話になった上司の先生が、私が退職するときに "あなたなら、どこに行っても大丈夫" という言葉をくださった。新しい経験を迎えるとき、ワクワクするのも本当だけど、未知への恐怖や失う怖さとも共存しているのも本当で、だけど、やっぱりいただいた言葉通り、私のこれまでの人生はどこに行っても恵まれて、素敵な時間を過ごすことができた。だから、次の新しい場所でも、いい出会いがあるのだろうなと、きっと私は大丈夫だろうなと、心から信じられてる。
経験の1つ1つを自分のエッセンスにして、これからも過ごせますように。Kalahngan!